恥ずかしい・・「いや、見られて無いよ!」ってよく聞くけどやっぱり見られている気がする。でも何も思われてはいない。

ランキング参加中!(‘ω’)

有休消化中の脱サラブロガー、おくそんです。

 

okuson
ボーナスが無事振り込まれていました!!いや、ありがたい!会社員で良かった・・・

 

「かりゆしウェア」で家から沖縄まで突撃した話

先週の話ですが、6月23日から24日まで沖縄でやらなければいけないことがあり、千葉県から沖縄まで行ってきた時の事です。

 

okuson
どうせ会社に行くんだし、向こうに着いてから着替えるのもめんどくさいし荷物も増えるから、こっちからかりゆしで行けばいいよね

 

 

と思っていた私は普通に沖縄にいる感覚でかりゆしを着て千葉の自宅を後にしました。でも一応かりゆしのデザインは大人しめのものを選びましたよ!さすがに私でもコッテコテのかりゆしを着て千葉から沖縄まで行く勇気はありませんでした・・・。

ちなみに私の思うコッテコテのかりゆしはコチラ👇

出典:MAJUN

コッテコテと言いましたが、普通のかりゆしです。もっと明るめの、沖縄で言えば観光産業(旅行代理店やレンタカー)で働いている人たちが着ている「黄色」や「赤」のかりゆしがあるのですが、画像を探すのが面倒になってしまいました。

そして今回私が着て行ったのは以前の記事👇

【かりゆしウェア=ダサい】を撲滅する、オシャレなかりゆしウェアをご紹介!

2017.04.25

こちらでも紹介させていただいた、佐久本洋服店のシンプルな白のかりゆしです。ただ一つ残念なことがありました。

私はかりゆしウェアを着る場合、スラックスの色はなるべく黒以外を着用するようにしていました。と言うのも、私が持っていてかりゆしは明るめの色や淡い色が多く、スラックスが黒だとかりゆしが目立ちすぎる感じがしたのでなるべく紺とかグレーのスラックスを着用していました。

しかし残念ながら、紺やグレーのスラックスは大分くたびれていたので沖縄から引越しをする際に思い切って処分してしまいました。

すると残されていたスラックスやスーツは全て・・・

 

黒しかない!( ;∀;)

 

とは言え、次着る予定のないかりゆし。その為だけにスラックスを買う気にもならなかったので、黒のスラックスに白のかりゆしで旅立つ決意をしました。

 

家を出てからの道のり

最寄り駅までは妻に送ってもらいました!

そしてここからは電車⇒空港(成田空港)へと向かいます。今の家からだと、羽田空港のが近いのですが今回もLCC(バニラエア)を利用するので成田空港まで行かなければなりません。ちなみに今回は往復で約20000円です・・・LCCの割には・・・。

さぁ、最寄り駅から成田空港までは1時間以上かかります。しかも平日の朝7時なので人もソコソコに多いですが気にせず行きましょう!!

 

最寄り駅⇒千葉駅⇒津田沼(乗り換え)⇒八千代⇒佐倉⇒成田⇒成田空港

小さい駅を大分飛ばしましたがこんな感じで成田空港まで行きます。最寄り駅~千葉駅まではカナリ人が多かったです。久々の電車ということもあり、少々緊張しながら乗車しました。

そして乗り換えの「津田沼駅」に着き、無事に電車の乗り換えを終えました。電車通勤とか、電車通学をほぼしたことの無かった私ですが高校時代仲の良い友人宅までよく電車で行っていたので迷うことはありませんでした。

 

やっぱり人って見るんじゃない??

最寄り駅からしばらく進み、千葉駅でかなりの人が降りたのでそこから座ることが出来ました。

さぁ、座るとじわじわ恥ずかしさがやってきました。

よく聴きますよね??「恥ずかしいとか言うけど、あなたが思っているほど見られて無いよ!」という言葉。私も言われた事があるし、言ったこともあるように思います。

 

ただ私はここに来て一つの疑問を感じました。

 

私は結構人を見ている。

 

とは言ってもジロジロのぞき込むように見るなんてことはありませんよ!一歩間違えれば大変なことになりますから(;’∀’)

ただ何と言うかですね・・・人間観察が好きなんですよね。特に電車なんてすることが無いので、あくまで私の視界に入る程度の人しか見ないですが。

「あなたが思うほど見られてないよ」と言われてはきましたが、私が見ているってことは他にも私と同じように見ている人がいるんではないのか??見たからと言ってただそれだけなのだが、「見ている」人はいるんじゃないか??

とか気になりだして、考えているうちに成田空港まで着いてしまいました。

自分で「かりゆしのまま沖縄まで行くぞ!」と意気込んだくせに少し恥ずかしくなるという羞恥プレイをしながらもまずは無事空港まで着きました。途中私の背中を押してくれたのは、営業で沖縄に来ていたK社のSさんの言葉でした。

「私は沖縄出張の時博多駅からかりゆしで来ていますよ!」

Sさんはかつてゴリゴリのラグビー選手だったこともあり、ガタイも身長もデカい!!しかも黒い!髪型も今風に言えば「ベリーショート」そして髭も少々生えている時期があった。そんなSさんが博多駅からかりゆしウェアを着ていたらさぞ目立ったことだろう。というか怖い

そんなSさんを思い出し、私の羞恥心など大したことは無い。と吹っ切ることが出来た。




 

成田空港に着きました

残念なことにLCC専用ターミナルである成田空港第3ターミナルに行くには、到着駅からかなりの距離を歩かなければなりません。地面に第3ターミナルまで色付けされているので迷うことはありませんが、まるで陸上競技場のトラックを歩いているような気分になります。

大人だけならいいのですが、子供連れには少しキツイ距離なんですよね・・・。

そして第3ターミナルに着いたら早々に搭乗受付を済ませ、保安検査場まで向かいます。保安検査場前にある立ち食い寿司屋にいつも後ろ髪を引かれるんですよね。

いつか必ず・・・

そして保安検査場も無事通過し、あとは乗るのを待つだけ。

すると早速「優先搭乗のご案内を・・・」とアナウンスが入りました。今回私が指定した座席は「1D」一列目の通路側だったのですが、なんと優先搭乗の対象だったらしく、人生初一番乗りで機内に入ることができました。

しかも一番前は足元が広い!!

LCCは座席の感覚が狭いので、足元が広いのはとても助かります。身長165センチの私でも少し窮屈に感じるので、私より大きい人はもっと窮屈だろう。

そしてあっさりと沖縄に到着しました。

 

沖縄に帰ってきた!6月23日は慰霊の日

当日の朝、妻に言われて思い出しました。

そう、私が沖縄に帰った6月23日は「慰霊の日」なのだ。

「平和を祈る日」慰霊の日とはこういうことだ。

 

一般住民を巻き込み、20万あまりの尊い命と財産や、沖縄の文化財、自然がことごとく奪われた沖縄戦は、太平洋戦争で、唯一、日本国内の一般住民が地上戦を体験したという、まさに地獄そのものでした。

沖縄戦における20万人を越す戦死者のうち、約半数に近い、じつに9万4000人余りの戦死者が、兵隊以外の一般県民や子供です。この沖縄戦で、沖縄防衛第三十二軍司令官牛島満中将と同参謀長の長勇中将が糸満の摩文仁で自決した日が昭和20年6月23日の未明とされているのです。そしてこの日を、日本軍の組織的戦闘が終結した節目としてとらえ、沖縄慰霊の日が制定されました。

この6月23日の「慰霊の日」、沖縄戦の戦没者の霊を慰めて平和を祈る日として、本土復帰前は「休日」と定め、各行政機関や学校、企業に定着していましたが、1972年の本土復帰後は当然日本の法律が適用となって「慰霊の日」は「休日」としての法的根拠が無くなってしまったのです。

しかし1991年、地方自治法が改正され、「慰霊の日」を「休日」と定める県条例が公布された事によって正式に「慰霊の日」は「休日」と定められました。この間、「休日」として法的な根拠の無い時期もありましたが、毎年々々、6月23日は沖縄県の公休日とされてきたのです。もちろん今でも、県庁や各市町村役場、公立の小・中学校、高校などは「公休日」です。

一方最近の民間企業では、この日を休業日とする会社はめったに見られなくなっています。それだけ、経済面では内地との関係が密になっていると言うことなのでしょう。

毎年この日は、糸満市摩文仁の平和記念公園において午前11時50分から沖縄県、沖縄県議会主催の「沖縄全戦没者追悼式」が行われ、正午の黙祷などにより戦没者の御霊を慰めるとともに世界の恒久平和を願う沖縄県民の思いを世界に発信しています。また同時に、沖縄県内に散在する各地の慰霊塔などでも一斉に慰霊祭が行われます。

戦争体験者が少なくなる中、今もなお沖縄県内には大量の不発弾が残されており爆発事故が後を絶ちません。手榴弾などは、さびついてひび割れた状態で、住民の目に触れる場所にむき出しでさらされているものもあり、日常、身近な危険にさらされ続けています。加えて、広大な米軍基地の重圧を強いられ続けている我々沖縄県民の現状を考えるとき、6月23日、慰霊の日の持つ意味を、もう一度、考え直してみたいと思います。

出典:沖縄おもしろミニ情報

私が空港に着いた頃は帰られていましたが、安倍首相も沖縄に来られていたので那覇空港が大混雑していました。

 

社員として最後の出勤へ

正式には有休消化中なので、出勤では無いのですが普通に仕事させられましたをしました。そして総務部と今後の話や退職金の手続きの説明を受け、お世話になった先輩方に挨拶をして社員としては最後になる機会を終えることになりました。

「違和感ないけど!」

「いつでも帰っておいで」

「どうせまた来るんでしょ?」

いつもあまり大きい声を出さない常務からは「しっかりやれよ!」と少し大きめの声で喝を入れていただき、本当に嬉しかったです。また、父の件を心配してくれた人も多く、たくさん励ましていただきました。

 

本当良い職場だったなぁ。

 

そしてその後は・・・

那覇で送別会??

送別会はさんざんやったので、もはやただの飲み会です。

まずは安里にある先輩おススメの「ゴールデンスワロー」中華料理です。18時開始・・・

餃子ウマかった!!

マッコリもうまかった!!飲みすぎて写真ナイヨ!!

そして2次会は当然・・・

だいぶクセの強い町「栄町」

観光客も増えましたが、いまだに「この店本当に入っていいの?」みたいな店が数多く存在します。

ただ一つだけ残念なことが・・・。10人近くの人数で行ってしまった為、栄町にある「なんかいい感じの店」には人数が多すぎては入れず普通の居酒屋っぽいとこに入りました(;’∀’)

そして三次会は国際通り。

もうここまでくると写真を撮る気力もない。そして午前3時頃に解散し、私は漫画喫茶へと消えていった・・・。国際通りの漫画喫茶は割と混んでいて、「リクライニングシートしかない」とのこと。

椅子で寝るのは正直しんどいが、今がすでにしんどい。

あきらめてリクライニングすることにした。

首が痛く、誰かのいびきがうるさかったが無事朝を迎えた。

国際通りからタクシーで空港まで向かう。運転手さんが椿鬼奴さんに激似だったがこっちは前日に飲みすぎてふくらはぎがめっちゃ痛い。痛風??

そしてその後も無事かりゆしウェアで家まで帰るのでした。

もはや恥ずかしさのカケラも無くなっていた。結局見られようが見られまいが「恥ずかしい」と思うか思わないかは自分次第ということか。

 

 

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