☒目次
きっかけは1通のLINEから
佐倉市立、王子台小学校。
1年生の長男が通う学校でもあり、私の母校でもある学校だ。
小学校入学直前の3月に地元に帰ったため、長男が小学校に入学前後は事前準備や手続きなどやることが山積みで、かなりドタバタした生活を送っていた。
そんな生活も少し落ち着き始めたころ、あるパパ友からLINEが届いた。
「おやじの会を作ろうと思って」
この瞬間から、おやじの会は設立に向かって動き出した。
(私の中では)
パパ友でもあり、もはや幼馴染のような友達
さっきは「パパ友」と言ったが、おやじの会についてLINEを送ってきたのは私の小・中学校の同級生だ。
ややこしいので、これからはパパ友=田中(仮名)として話をすすめていこう。
しかも中学時代は部活も同じで家も近く、お互いの親もよく知る中だ。
田中と私は中学時代はお互いモー娘ファンとしてオタク化していた。
ちなみに田中はなっち派、私はジョンソン派(わかる??)でした。
高校が違ったこと、私が沖縄に行ったことでしばらくの間疎遠になっていたが、地元で働く田中のうわさは母からいつも聞いていた。
そんな田中と再開したのは2016年頃のこと。
まだ私の父が生きていた頃の話になる。
七井戸公園での出会い
その頃私は沖縄から地元に帰る決意を固め、いろいろと手続きや準備をしに地元に帰っていた時のことだ。
長く家にいたことで子供が暇になり、
「どこかあそぶところに行きたい」
と言うので、近所の公園に連れていくことにした。
近所の公園はたいして遊ぶところがなく、親としても面白くないのでそこそこ遊具のある近場の公園【七井戸公園】に行くことにした。
公園に着き、遊具へと駆けていく息子。
子供のころと変わらない遊具がそこにはあった。
それなりに、錆びていたり老朽化してはいるが、こどもの頃遊んだ遊具ほぼそのままの感じが懐かしい。
そしてそこには、もう一つ懐かしい風景があった。
田中だ。
そこには、30歳になった田中がいた。
変わらん。
お互いそれなりに歳をとり、体重が少し増えた位しか変わらない。
不思議なもんで、2・3年会わなくても、10年会わなくても感覚は同じなのだろう。
子供がいるというだけで、学生の頃と変わらない感じ。
多分50歳・60歳になろうが同じなんだろうな・・とか考えながらしばらく世間話をしていた。
田中は地元に家を建て、子供は親と同じ小学校に通っているということ。
そしてなんと田中はPTA会長までやっているというではないか。
「これはこの先地元に帰ったら色々絡むことが増えるな!!」
と予感した通り、長男入学とともに私も小学校の学年委員になり田中とも絡みながら学校行事やママさんバレーに参加している。
自分の子供と同じ小学校の親に田中がいるというのは、正直、心強い。
しかもそれが、お互いの出身校というのだから人生は面白い。
そんな田中の誘いに乗って、おやじの会設立
こうしたつながりを経て、おやじ達が集い王子台小学校初の【おやじの会】が6月15日、臼井の鳥貴族で設立されることになった。
おやじによる、おやじ達の、こどものためにある会
それが王子台小おやじの会だ。
今後、校長への報告や活動内容の検討などやることは多い。
とりあえず、ブログも作ることにした。
学校の企画なのでいろいろと問題があることは必至だが、そんなことを考え始めたら何も始められない。
とりあえず、やっちゃえ。
何気に、新しいブログを作るのが好きな私。
ちょっと頑張ってみます。
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